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穿刺に対する"思い" 2009年02月 3日
ootu2.jpgのサムネール画像 透析が開始されたころは、人工腎臓による透析治療は延命が目的でした。

しかし、医学の進歩により、透析治療は単なる延命のみならず、社会復帰を目的として社会に十分貢献できる治療法に変わってきました。
そんな中で、私も「順調」に闘病生活を送ることができました。

もちろん、私が「生」を支えることができたのは、法による医療と福祉の保障と多くの方々の援助があったからです。個人的には、必ずしも自己管理ができる「良い患者」ではありませんでしたが、先生やスタッフのみなさんのおかげで、23年間生きることができました。
しかし、身体に障害が出てくると、いよいよいけません。先生や管理栄養士さんの「見捨てない」指導のお陰で、最近は、自分で食事をつくりながら、少しは食事の管理ができるようになりつつあります。

そんな中で変わらないのが、穿刺のときの痛みです。確かに「ユーパッチ」などの鎮痛剤を使うようになって、ずいぶん痛みが緩和されましたが、それでも「新鮮な痛み」を感じるときがあります。

  また、働いているときは、鎮痛剤を貼るのを良く忘れました。仕事を終え病院に駆けつけ、着替えているときにそれに気が付いたときは、もう「絶望感」が襲ってきます。気を取り直して、覚悟を決めます。穿刺したときの「新鮮な痛み」に耐えます。そんなことがあると、しばらくは貼ることを忘れませんが、また忙しさの中で忘れます・・・。

痛みは個人差が大きいと聞きますので、「絶望感」などを感じたことがない人もいるでしょう。そんな人は幸せですね。私は穿刺が済むと、透析が半分は終わった感じになります。
また、スタッフが悪いのではありませんが、「相性」というのもあるのでしょうかね。

いよいよ穿刺というとき、こちらの覚悟ができる前に、穿刺が終わってしまう場合があります。フェイントみたいなもので、痛みがなくて拍子抜けすることもあります。その逆に、突然痛みが襲ってくることもあります。

 一方、穿刺に慎重なスタッフもいます。覚悟を決めて、「いよいよ来るかな」と待っていても、なかなか来ない時があります。そして、ちょっと気を抜いたときに来たりします。息を合わせるというか、なかなかタイミングのとりかたが難しい場合もあります。

 「痛いかもしれない」と思っていた方が、同じ痛さでも我慢しやすいものです。「痛くないかも」などと思っていて痛かったりすると、その痛みは倍増されます。
また、タイミングが良いというか、相性が良いというか、そんな場合は、痛くても「こんなものだ」と納得?できます

 スタッフも、穿刺には気を使っておられることと思います。こちらも、「痛くても表情に出したらいかん」と思いつつ、つい出てしまうことがあります。そんなとき、「すみません」と言われると、こちらも「すみません」と思ってしまいます。

 また、穿刺にデビューしたばかりのスタッフの場合も、患者さんには微妙な心理がはたらきます。正直に言って「大丈夫かな」という印象ですね。

 そんなとき、先輩のスタッフが付いて指導している姿をみると、すこしホッとしますし、うまく穿刺ができれば信頼感にもつながります。新人さんの成長に期待しつつ、あせらず見守りたいものだと思います。

 とにかく、シャントが太い人、細いひと、状態がいい人、トラブルをかかえている人・・によっても、穿刺に対する受けとめ方が微妙に違ってくると思います。このように、穿刺には患者の微妙な心理がはたらくようです。
あえて誤解を恐れないで言えば、「たかが穿刺、されど穿刺」・・・といったところでしょうか。

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